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大阪地方裁判所 昭和36年(行モ)5号 決定

申立人 田中祿春こと韓祿春

被申立人 大阪府公安委員会

主文

申立人の本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

一、申立人は、「被申立人が昭和三六年一一月七日付で申立人に対してなした昭和三六年一一月一三日から同月二二日までの一〇日間キヤバレー営業の停止を命ずる旨の行政処分は、本案判決までこれが執行を停止する。」との決定を求め、申立の理由を次のとおり述べた。

(一)、申立人は、昭和三二年一二月二日被申立人の許可を受けて、大阪市南区宗右衛門町二〇番地において、「キヤバレー富士」なる名称を使用してキヤバレー営業を営んでいるものであるが、被申立人は、昭和三六年一一月七日申立人に対し、処分理由を、風俗営業等取締法施行条例第二六条第六号の規定に違反し、昭和三六年九月一三日午後九時三〇分ごろ営業所一階及び二階のホール及び客席の照度を最高三、七四ルツクス、最低〇、二二ルツクスとして営業したほか、同月一八日午後七時三〇分頃前記営業所二階及び三階の客席の照度を最高二、四二ルツクス、最低〇、五五ルツクスとして営業したものである、として、申立の趣旨に記載した内容の営業停止の行政処分をなし、申立人は昭和三六年一一月八日右行政処分の決定書の送付を受けたものである。

(二)、しかしながら、右行政処分には、次の如き違法がある。

(1)  風俗営業等取締条例第一四条第七号によると、照明設備は客席及び踊り場において五ルツクス以上の照度を保つべきものと規定されており、申立人もこれを諒知しておるが、申立人方営業所は右規定に違反していないと考える。申立人方キヤバレーは日本における最大のものと自負するもので設備においては常に他の範たらんと心掛けているものであつて、屡々従業員を他のキヤバレーに視察に赴かしめて、照度について関心を有しており他のキヤバレーより高き照度を有するものと自負しておるものである。

(2)  地階は、ダンスホールであり、二、三階のキヤバレーとは入口を異にしており、ダンスホールに於ては違反はなく、かつ所轄警察署の検査を受けたこともない。然るにキヤバレー部と同視してダンスホール部までも営業を停止したのは違法である。

(3)  風俗営業等取締法第四条には、(イ)営業を禁止し、(ロ)営業を停止し、(ハ)善良な風俗を害する行為を防止するため必要な処分をすることができることになつている。被申立人は、住民の営業の自由の原則を尊重しつつ真に風俗取締を徹底しようとすれば、法及び府条例の精神にかなつた取締をしなければならない。然りとすれば、本件においては、右のうち(ハ)の方法を活用し、照度の不足を改善するように要求する処分に出るべきであつたと考える。然るに被申立人は、今日まで何らの警告も与えずにおいて、いきなり営業者の死刑の宣告にも等しい営業停止の処分を発したことは、苛酷に過ぎ違法である。

(三)、よつて申立人は、右違法な行政処分に対し救済を求めるものであるが、該営業停止は昭和三六年一一月一三日より一〇日間と指定されており極めて緊迫した事態であるので、同月一〇日当裁判所に対し該行政処分の取消を求める抗告訴訟を提起した。

(四)、申請人は、営業を停止された場合一日約一六〇万円、一〇日間で一、六〇〇万円の損害を受け、また約八〇〇名に上る女子従業員は日々のいわゆるチツプで自己一家の生活を支えておるもので、営業を停止された時はその期間収入の道を全く失い、一家の生活に重大な脅威を受けるものであり、なおダンスホールは同月一九日正午より午後四時三〇分迄大阪大学体育会との間にホール貸借の契約を締結しており、営業を停止されるときは、右学校にも影響を与えるものである。よつて右行政処分が執行されるときは、償うことのできない損害を受けることになり、また緊急の必要があることは前記のとおりであるから、右行政処分の執行の停止を求めるために、本申立に及ぶものである。

申立人は、疏明資料として上申書、嘆願書を提出した。

二、被申立人の意見の要旨は、申立人の申立の理由のうち(一)の事実は認めるが、その(二)の主張を否認する。

すなわち

(一)、申立人の(二)の主張の(1)について

被申立人が、処分理由において認定した申立人の照度違反の事実は、締理府令(風俗営業等取締法に基く客席における照度の測定方法に関する総理府令)に定められた正規の方法により五号型低照度用東芝照度計を用い、申立人支配人直井渡を立会させた上測定し、これに必要な誤差修正を加えた結果算出された正確な照度であり、右照度違反の事実は、後記聴聞の際も申立人は自認していたものである。

(二)、申立人の(2)の主張について

申立人の営業所は、鉄骨鉄筋コンクリート造り地下一階地上三階建一棟で、

客室を

地下客室   四二八坪一六

踊り場    一七六坪一六

二階客室   四八〇坪三三

踊り場    一二五坪五〇

三階客室   二〇二坪〇四

計 客室 一、一一〇坪五三

踊り場    三〇一坪六六

合計   一、四一二坪一九

としてキヤバレー営業の許可を受けているものである。したがつて、許可の対象の一部である二、三階における照度違反を理由に決定された営業停止の処分は、許可対象の全施設に及ぶものであること許可の性格からみて当然である。

(三)、申立人の(3)の主張について

申立人の営業所は、昭和三五年一一月九日二階客席の照度を〇、五ルツクスとして営業していたので、所轄南警察署長は、同月一〇日営業部長岡正敏に対し、一週間以内に規定の照度を保持するよう照明設備を改善する旨の誓約書を提出させたが、それにも拘らず、同月二一日再調査してみたところ、営業所客室の照度を最高二、八ルツクス最低〇、九ルツクスとして営業しており、一向に改善されないので、昭和三六年三月四日申立人に対し、早急に照明設備を改善して規定の照度を保つように厳重に申渡し、説諭処分に付したものである。ところが、その後も依然として改めるところなく基準照度に違反して営業を継続し、甚だしく善良の風俗を害する行為をしたので、関係法令に基づき聴聞を行つた上本行政処分をなしたものであつて、本行政処分は、適法かつ妥当なものである。それ故、本行政処分の執行を一時停止するときは、処分の効果を著しく減殺するのみならず、一般風俗関係営業者をして行政処分は勿論、法軽視の風潮を醸成せしめ、延いては風俗営業等取締法及び関係法令に対する遵法観念を稀薄ならしめ、今後における風俗営業の取締に重大な支障を来し、一般社会の善良な風俗を保持する上において極めて大きな影響をもたらすおそれがあるので、申立人の本申立は却下すべきものである。

被申立人は、疎明資料として、乙第一号証ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証ないし第一四号証、第一五号証の一、二を提出した。

理由

一、本件執行停止申立事件の本案抗告訴訟が、申立人から当裁判所に対し、昭和三六年一一月一〇日提起されておることは、記録上明らかである。

そして公文書であるから成立の疏明せられる乙第一五号証(行政処分決定書写並びに受領証写)によれば、申立人が被申立人から昭和三六年一一月七日、同月一三日から同月二二日までの一〇日間営業停止の行政処分を受け、該処分決定書が同月八日申立人に送達されたことが疏明せられる。

してみれば、右行政処分は、その執行期日は切迫しており、右処分に対して異議、訴願の手続を経由していたのでは、結局裁判所による司法救済をうける暇がなくなり、かくては著しい損害を生ずる虞があると認められるから、申立人が、右行政処分に対し、異議訴願を経由しないで、直ちに抗告訴訟に及んだことは正当であつて、右抗告訴訟は適法に当裁判所に係属しているものである。

二、次に、申立人は、右行政処分の執行を停止しなければ、右行政処分により償うことができない損害の生ずることを避けることができない旨主張するので判断する。申立人作成の上申書によれば、申立人は、本営業により一日一六〇万円の収益を収めることができるから、営業停止により一日一六〇万円、一〇日で一、六〇〇万円の損害を受ける、とのことであるが、仮りにこのような損害が申立人に生ずるとしても、このような金銭上の損害は、若し右行政処分が違法であることが確定した時には、その損害の賠償を請求しうるものであるから、未だもつて償うことができない損害ということはできない。

また、女子従業員や申立人からダンスホールを賃借することになつている大阪大学体育会が右行政処分によつて損害を受ける旨主張するが、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項にいう損害とは、本案である抗告訴訟が、特別のものを除き、行政処分により権利を侵害された当該個人の権利の救済を目的とするものである趣旨に鑑み、執行停止の申請人に生ずる損害を意味し、第三者の損害を含まないものと解するのが相当であるから、女子従業員や大学体育会の損害は、本件執行停止申立の理由として考慮すべきものではないのである。

してみれば、右行政処分の執行が申立人に償うことのできない損害を避けることができないものとは認められないので、右行政処分の執行停止を求める本件申立は、その理由がなく、却下を免れないものである。

三、なお付言するならば、申立人の主張する営業停止処分の違法理由は、全資料をもつてするも疏明するに足らず、却つて乙号各証によれば、申立人の照度違反の事実、地階のダンスホール部が二階、三階と共にキヤバレー営業許可の対象になつていて、営業停止処分がその前提たる許可処分の対象たる全域に及ぶものであることは理の当然であるから、地階のダンスホール部に対しても営業停止を命じたことの適法であること、申立人が、従来においても当局から照度違反につき屡々注意を受けて来たのに照明設備の改善を怠つていたことなどから、今回の営業停止処分が必ずしも過酷のものとは言えないことなどがうかがわれるのである。

してみれば、いづれにしても申立人の本件申立は理由がないので、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 入江菊之助 中平健吉 中川敏男)

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